発展途上。

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第三話「眠り猫」

「うぉぉ・・・・。めっちゃうまいなぁ・・」

 

唖然とした表情でひたすら石を掘り進める少女の手元をアントーニョは見つめていた。

「・・・んで、コレ。何なん?」

ティッシュ箱より一回り大きいか位の石像は鰓の多い魚のようだった。

「ユーステノプテロンです」

どこかで聞いたような名前だった。何処で聞いたかは思い出せない。

暫く黙っているとリヒテンシュタインの口元が動き出した。

「古代世のデボン紀に生息していた総鰭類の一つです。魚類の中ではシーラカンスと同じく最も両性類に近い魚なんだそうです。中学校の時習いませんでしたか?」

情報が多すぎて瞬時に理解することが出来なかったが暫く記憶の隅を探っていると、あのとても愛らしいとは言えない目つきの悪い魚がアントーニョの脳裏に蘇ってきた。

 

「あぁ・・・あいつか」

中2の時あたりだろうか、放課後図書室にアーサーとベルギーとの3人でテスト勉強に励んでいた記憶が残っていた。

正直テスト勉強をした記憶は殆どなく「ザビエルの顎の髭が逆さから見るとペンギンにしか見えない」といった学生にあるまじき発言を連発していた記憶ばかりが鮮明に残っているもので、思わず焦燥の感に駆られる。

 

「んじゃ、俺は始祖鳥でも作ったろかな」

 

こうして何故か黙々と石に古代生物を掘り続ける時間が淡々と流れていった。

 

時折、石粉が舞う狭い室内の粛然たる空間はアントーニョにとってお世辞にも居心地が良いとは言えなかった。しかし原因となるものの実体は掴めない。

「先輩は何で彫刻科に入ったんですか?」

不意打ちだった。

今日は天気が良いですね。まるでそんな会話をするように問いかけて来るものだったので思わず、そうですね。と答えてしまいそうになる。

「何で・・・・っていうと?」

お互いによく似た翠眼を合わせることなく自身の彫刻ばかりを見つめ会話は続いていった。

「いえ、特に理由はないんですけど、彫刻ってあまり身近に感じないので・・何で入ろうと思ったのかな・・って」

理由としては皮相なものだったが石を掘る手を止めアントーニョは口を開いた。

 

「まぁ、逃げたんやろなぁ」

その答えはどこか対岸の火事のような素っ気ないものだった。

「・・先輩が、ですか?・・何から?」

此処でようやくリヒテンシュタインが手を止めアントーニョを見つめる。

暫く沈黙が続き突然アントーニョが途中まで掘りかけた彫刻に思い切り息を吹きかける。当たり一面に石粉が舞った。

「この話やめっ!お終い!俺はええからリヒちゃんの事教えてや!どこに住んどるん?何人家族?ペットは?血液型は?星座は?」

 

石粉が地面にすべて落ちる頃にはアントーニョの表情は先程の顔から一変し、飄々とした笑顔に戻っていた。

 

話を、逸らしたかったのだろうか。

 

何か自分が触れてはいけないものに触れてしまったような気がしてリヒテンシュタインは後ろめたい気持ちになる。

それを悟られるのは更に申し訳ない気がして隠すように笑顔で対応した。

「大学から少し離れたマンションに兄と二人で住んでます」

 「へぇお兄ちゃんおるんやー、てか二人だけなん?父ちゃんとか母ちゃんは?」

再びアントーニョは石造に視線を落とす。止まっていた時間が再び動きだした。

「私、大学に通う前まで住んでた所すごく田舎で・・。それで元から上京していた兄の所で一緒に住むようにしたんです。」

「へーそうなん」

自然な会話にアントーニョの肩の荷が下りる。

「此処は少し怖いですね。人は多いですし、物価は高いです。」

「そのうち慣れると思うで?住めば都って言うし。そいや、田舎ってどんなとこやったん?」

「田舎。ですか」

リヒテンシュタインは小さな手を顎に添え暫く考え込む。

「そうですね。良い所でしたよ。ブランコは大きいですし、ヤギのユキちゃんはいい子ですし、なにより足の不自由だった友人がたった時には・・・」

「こ・・・心置きなくハイジやなぁ・・・」

ボケのつもりなのかはたまた天然なのか否か、某アルプスの少女を連想させるかのような暮らしぶりに我知らずアントーニョの笑みが零れる。

「はぃ?」

どうやら後述のようだ。

石粉で濁っていた視界は気が付いたころには晴れていて、自然と咽込む事も無くなっていた。

暫く雑談を交わしていると時計の文字盤の針が重なっていることに気が付く。

「絵画科の、授業は・・」

然程時間の経過は感じられなかったが、己の体内時計よりもあの文字盤の方が今は頼りになるような気がした。

確かサディク曰く、十一時過ぎには授業が始まるそうだ。勿論、絵画科の。

「あ、すみません。長居してしまって・・すぐ授業、行きます」

 ふとリヒテンシュタインの顔を覗くと先程と比べて少しばかり心残りのありそうな表情を浮かべていた。

一瞬自分との別れが惜しいのだろうか、という自己陶酔的な考えに浸るが絵画科のアーサーの事を思い出し同時に自分の不体裁な考えを恥じる。

「アーサー、あんなんやけど悪い奴とちゃうねん」

アントーニョはアーサーを立てる事で先程の醜態を挽回しようと試みる。しかし、自分への嫌悪感は増すばかりだった。

 

何故ここまで考える必要があるのかは分からなかった。ただ、このリヒテンシュタインという少女に嫌悪感を抱かれる。という事が全世界からの拒絶と同等のように感じられた。

「アーサーな、本人は隠しとるけどすっごいすっっごい努力しとんねん。せやから。ただ、悔しかっただけ、やと、おも、う」

言葉は断続的だったが本心だった。

なんとなく、ただ、ただ、なんとなくこの少女にアーサーの事を悪く思ってほしく無かった。

 

 

「今日は、有難う御座いました。」

相変わらずの恭しい態度だったが答えは得られなかった。

まるで何処かの面接でも受けるかの如くアントーニョに向かって一礼しドアへと向かう、そこでもう一度会釈を交わし静かにリヒテンシュタインは退室した。

 

幽暗な室内に微かに残った春の香りを感じ、少女の作った小さな造りかけの石像を見つめる。

「なにしとんのやろ、俺」

石像に顔を近づけ息を吹きかける。再び室内に石粉が舞った。

 

 

 

 

絵画科の授業方針は至って真面目で、彫刻科とは実に対照的だった。

規則的に配置された机は一定の焦点、つまりは絵画科の教師、サディク・アドナンに集中していた。今年度初の授業ということもあり、軽く挨拶を済まし今後の授業方針について説明をする。

先程の不相応過ぎるスタバの店員のような印象を全く感じさせない 

 サディクの泰然自若たる態度にリヒテンシュタインは思わず吃驚する。

「ということでィ、一年生は基本的デッサンから有機的モチーフの課題を通してーーー・・・・」

ただ、方言が隠しきれていない所が先程のサディクと変わらない気がして心なしか微笑ましかった。

 

絵画科は一番需要がある筈の科だというのに教師の数が極めて少ない。その為、年度初の授業は全学年同時にサディクが説明を行うのが絵画科の暗黙の了解となっていた。

しかし、流石にこの広目な教室であっても絵画科の全学年生徒を押し込むのは物理的に不可能な訳で、午前と午後、二度に分けてこの講義は行われる事になっていた。それでも四学年別々に行うより遥かに短時間で済む為教師たちはこの方法を重宝していた。

単なる教師不足に過ぎないのだが、彼ら曰く新入生たちにも今後の進路を考えるきっかけを作る為だの、上学年の活動を前もって知っておく為だの、諸所理由はあるようだ。

まぁ、結局は面倒だからだ。完璧な利己主義、エゴイズムである。

 

そんなエゴの産物が今のリヒテンシュタインを窮地に追いやっていた。

リヒテンシュタインの右斜め前にはぼさついた金髪。

アーサーだ。

 

新入生のリヒテンシュタインには全学年同時に講義を受けるという発想は微塵も無かった為、初めは自分が教室を間違っているのかと思った程だ。しかし、周りの雰囲気を伺ってみるとどうやら全学年が集まっていると理解できた。

当然状況を把握し終わったといっても所詮は後の祭り。席を移動する余地もなく現在に至る。恐らくアーサーは自分の存在を気づいていない。これが唯一の救いであろう。授業が終わり次第急いで教室を出ればバレずに帰れるかもしれない。

講義などそっちのけで今後の計画を必死に練る。

 

メモを取る振りをして脱出計画の計画をメモ帳にまとめる。完璧だ。

そう思ったのもつかの間、不意にシャーペンの芯が折損。

 

机上を力無く転がるその芯を見つめ、冷静になって考えてみる。

アーサーに今此処にいるのが分かった所でどうにか成るものなのだろうか。自分が絵画科である事は当然アーサーだって知っているだろうし、この講義の常連であるアーサーは全学年、つまりは一年生の自分がいる事も当然承知の上だろう。

 

そうだ、何も憂虞する必要はない。

 

リヒテンシュタインは落ち着きを取り戻し、視線をサディクに向ける。

しかし、前方に視線をやるとやはりあのぼさついた金髪があるわけで。

猫背に右腕で頬杖、講義を真面目に聞く気は微塵も無いらしい。時折頭が縦に揺れる。どうやら睡眠中のようだ。

 

暫くその公然たる眠り様を観察する。

頭の重みに耐えきれなくなったか、バランスを崩した支柱、及び右腕が倒壊する。

派手に音を立てて長机に頭から突っ込んだ。周囲の生徒何人かがアーサーの方向を向いたが当の本人は目を覚まさない。流石に眠り姫でも今の衝撃なら起きるのではないのか、とリヒテンシュタインは思ったがどうやらアーサーは眠り姫以上の呪いをかけられたのかもしれない。

 

小さく丸まって眠るその後ろ姿は眠り姫、というより東照宮の眠り猫のようだった。

その眠り姿からは先程の殺気丸出しなアーサーとはまるで別人のように思えた。

左手にシャーペンを握り、脱出計画の書かれたメモの下部にペンを走らせる。黒鉛が白い紙の上に面前の『眠り猫』を描き出す。

 

 

 

 

 

 

~あとがき~

すみません・・・

5000字くらい書いてたのですが重すぎてだいぶ書くの億劫になったので削って公開にしたので中途半端な感じになってしまいました・・・・・

ほんと申し訳ないです・・・

 

春休み中にもう一話くらいアップできたらなぁと思っています!気長にゆるゆるとお待ちください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第二話 「シジュウカラとメガネ拭き」

コーヒーの香り。

 

研究室は日当たりが良いからか、廊下より少し温度が上がったように思えた。こんな春の日には少し暑いようにも感じる。

 

実際には『温度』というよりその場の空気自体がいつもとは違ったのかもしれない。

ただいつもと同じように深緑のパーカーを深く被ったサディクが

平然と現れた事に安心した。思わず安堵のため息が漏れる。

「よォ、早かったじゃねぇか」

独特の方言混じりの口調でサディクが言う。どうやらコーヒーを淹れる途中だったようで無駄に本格的なコーヒープレスを片手に簡易的な給湯場からひょっこりと顔を出していた。

「あ、はい、まぁ・・・」

「あー俺キャラメルマキアートな」

アーサーが答えるや否やアントーニョがまるで某コーヒーチェーン店に来たかのような態度をとる。

「だからここはスタバじゃねぇよ!!」

と、お決まりのツッコみをしつつも慣れた手つきでコーヒーを淹れる。サディクは学生時代某コーヒーチェーンで働いていたことがアントーニョたちにバレそれ以来すっかりからかわれている。

「アーサーは紅茶でいいよなァ?」

「あ、はい、お願いします。」

アーサーは返事を返すがサディクの声がまるで耳に入っていないかのような浮ついた返事だった。

「アーサーの会いたい奴なら奥の部屋に居ると思うぜ?多分。」

「ぅえ!?」

不意を突かれたようにアーサーは耳を若干染める。

「だだっだだだっだだ誰すか会いたい奴とか知らね」

アーサーは動揺を全く隠しきれていない拙劣な敬語でなんとかその場をごまかそうとする。

アーサーの本心をやたらと隠そうとする性格はこれからも改善するつもりが無いようだ。

 

サディクに言われた通り奥の部屋へと歩を進める。

しかし、部屋には誰も居ない。同時にサディクが意味深に語尾に付けた『多分』が脳裏を過る。風が顔を霞めた。

風に乗って微かな甘い香りを感じた。あぁ、これが春の香りだろうか、そんな詩臭い事を想いながら『春』というものに浸ってみる。

ふと窓の外の世界に目をやる。

 

そこには一人の少女が居た。

 

正確に言えば窓枠に腰を掛けた状態で半身を外に投げ出している。

その小柄な体格からか少し風が吹いただけでバランスを崩してしまいそうに見えた。

そして何より重要な点は此処が3階であるという事。落ちたら怪我どころでは無いのは明確だった。

「・・・っちょッ!!ここ3階やって!何してーー・・・」

アントーニョたちの存在にようやく気付いた少女はこちらを振り向くのと同時に小さく「・・あっ」と呟く。

 

予感的中。

少女は体制を室内側に崩した。

室内側だったのが不幸中の幸いとでも言うべきか、アントーニョのとっさ判断のお陰とでも言うべきか、少女はアントーニョに抱えられるような体制で落下した。

アントーニョは今の状況にもだが、少女のその羽毛のような軽さと人形のような顔立ちに驚きを隠せなかった。

目、鼻、口、髪の毛の1本1本が、文字通り頭のてっぺんからつま先まで、作り物のような整った顔立ちだった。

先程の『春の香り』なるものの正体はこの少女だったようだ。

暫くしてアントーニョはその翠眼の瞳が自分を見つめているのに気づく。無意識に目を逸らすとそこには大き目のスケッチブックがあった。

 

シジュウカラ、か」

先程から蚊帳の外状態だったアーサーが突如口を挟んできたことにアントーニョは驚いた。

アーサーの言葉の通りその使い古されたスケッチブックには頬から後頸にかけて白い斑紋のある鳥、つまりシジュウカラが描かれていた。

「あ、この鳥シジュウカラっていうんですか」

納得したように少女は呟く。

「ーー・・知らないで、描いてたのか・・?」

アーサーの質問に少女は申し訳なさそうに頷いた。

その斜め下を見つめる少女の横顔をアントーニョは気づかれないよう覗き込んだ。『ほんっと人形さんみたいやな』

 

 

 

窓から差し込む春の日差しの中、一人の少女と二人の青年が部屋の一隅に集まるという異様な光景がそこにはあった。

「・・・・・何してんだァ?おめぇら」

勿論今までの一部始終を全くもって知らないサディクは不信感満載の眼差しでアントーニョとアーサーを見つめた。

 

 

 

 

 

「んで、こいつが例の大賞さんな」

自慢のコーヒーをすすりながらサディクは二人に説明する。

「先生の隠し子ですか?」

「それギャグに聞こえねぇからやめろ」

アーサーの微妙なボケにサディクがツッコむ。

それをフォローするかのように少女は自己紹介を始めた。

「一年絵画科のリヒテンシュタインです。宜しくお願い致します。」

そう言って一礼する姿からは育ちの良さが感じられた。どこかの令嬢か何かだろうか、そんな考えがアントーニョの頭を過った。

「てか、大学生なん?」

その童顔さと小柄な体格からはとても今年から大学生になる18、19歳には見えなかった。中学生といっても初対面なら信じて疑わないだろう。

 

「ドちびだな。」

 

それは禁句だろう。

アーサーは思ったことを容赦なく言うガキ大将系幼児をそのまま成長させたような奴だ。当然友人も少ない。

リヒテンシュタインと名乗るその少女はアーサーのその言葉のせいかみるみる縮こまっていった。

アントーニョに非はなかったがアーサーの発言によりリヒテンシュタインを気づ付けてしまったことは実にいたたまれなかった。

「俺、彫刻科三年のアントーニョ・ヘルナンデス・カリエド。よろしゅうなぁ。あとリヒテンシュタインって長いさかい、リヒちゃんて呼んでもえぇ?」

そう言うとアントーニョは首を傾げ優しく微笑みかける。

瞬きをしたら見逃してしまいそうな小さな頷きを見てアントーニョはひとまず安心する。

「アーサーはしねぇのか?自己紹介」

「しねぇ。あ、いや、しません」

質問相手が一応教師ということもあって敬語に変えようと努めるが、普段からの癖というのもは案外隠しにくいものでついボロが出る。

 

「このぶっとい眉毛の奴はアーサーな。因みに前世はメガネ拭きやで。」

アーサーの意思を完全に無視してアントーニョがアーサー分の自己紹介をする。

「なんだよメガネ拭きって!!?」

身に覚えのない前世を述べられたまらなくなったのか仕方なく自己紹介をしはじめる。

「アーサー・カークランド・・・・だ。」

それは自己紹介にしては余りにも粗末なものだった。

 

アーサーはもともと社交辞令や愛想笑いが得意ではなかったがここまで酷い対応を見るのはアントーニョにとって初めての経験だった。

恐らく気に食わないのだろう。この少女のことが。

「アントーニョ、彫刻科そろそろ授業じゃねぇのか?」

「あーーー・・せやった。じゃ、行かんと・・」

忘れていたわけではない。ギルベルトのようになるのは御免だし今年度初の授業に出ないというのはさすがに印象悪く思われるだろう。

しかしそれ以前にサディクが居るにしろアーサーとリヒテンシュタインを残して行くのはどうも胸糞悪かった。ここまで機嫌の悪いアーサーはどんな暴言を吐きだすか分からない。

 

だからリヒテンシュタインがこう言ってくれたのは実に有難かった。

「私もご一緒してよろしいですか?」

心配する手間が省けた。

 

サディクに淹れてもらったコーヒーを急いで飲み干し部屋を後にする。焦って飲んだせいか少し口の中を火傷したような気がした。

「彫刻・・・興味あるん?」

斜め後ろから小走りでついてくるリヒテンシュタインに問いかける。

「あ、えと、すみません。なんかあそこ居心地悪くて・・」

正直そんなことだろうと思っていた。先程のアーサーからは憎悪というか、軽く殺気立ったものが感じられた。

「アーサーやろ?おっかないよなぁ、あいつ」

 

「・・・すみません」

否定しないところからするとその通りなのだろう。

「んで?どないする?一緒に授業来る?」

「・・一緒に行ってもよろしいんですか?」

そういって目を輝かせる姿はおもちゃを目の前にする子供そのものだった。

「ここまで来といて来るなって方が可笑しいやろ」

そういって笑いかけるとリヒテンシュタインも笑い返してきた。

やっと笑う顔が見れた。

別に笑わせようとしたつもりは無かったがなんとなく安心した。

 

彫刻科の教室はサディクの研究室からは少し離れている。校舎の西側、二階に位置する日当たりの良い場所だ。

「そもそも科の違う生徒が授業行ってもいいんですか?」

教室を目前にしたところでリヒテンシュタインが問いかける。

「そりゃ駄目やろ。他の科の生徒が勝手に授業受けちゃ。」

「な・・・なんでもっと早く言ってくれなかったんですか・・・!」

リヒテンシュタインが困ったようにも怒ったようにも見える表情で訴えてくるのでアントーニョは意地悪そうにほくそ笑む。

「他の科の場合は。な。」

「はぃ・・・?」

 

 

彫刻科の教室窓から見えるすぐ近くに草木の茂る裏庭のようなところがある。手入れされた花壇はとても手入れが行き届いているが誰がしているのかは謎のままだった。

 

猫の物欲しそうな鳴き声と金属のぶつかる音。

 

慣れた手つきで猫缶を開けるこの青年こそがアントーニョの、彫刻科の教師。ヘラクレス・カルプシだ。

ヘラクレスの頭上から声が降ってくる。

「せんせーーーー!今日も実習でえぇのーーー!?」

アントーニョだ。

「・・ん。実習でいい。終わったら各自解散」

声を張ってはいないものの二階にいるアントーニョ達にはしっかり聞こえていた。

「っちゅー訳や」

窓から乗り出した身を室内に引込め、リヒテンシュタインに向かって笑いかける。

「・・・すみません。全く意味が・・。」

アントーニョの話によると彫刻科教師ヘラクレス・カルプシは入学以来まともな授業を全く行ったことが無いようだった。

普段の授業は殆どが実習で、彫刻史なども当然習った試しが無かった。普通実習は三年からが主なのだが入学初日から実技ばかり教え込まれているせいか、他の科に比べ技術力だけは高いのがこの科の特徴だった。故に知識はボロクソである。

 

転科する生徒もいたにはいたが、知りたくも無い歴史やら技法やらを叩き込まれる授業よりはるかにマシであるが為か、むしろヘラクレスの授業を受けたが生徒もいた。

ヘラクレス自身の技術も確かなものだった。というのもあるだろう。

「先生今日はあの調子じゃ授業来ぃへんと思うし、先生自身決まりとか気にせん人やから大丈夫ってことや」

「そ・・・それは教師としてはどうなんでしょうか・・」

リヒテンシュタインの控え目なツッコみをもろともせずアントーニョは話を進めていく。

「んーー・・・他の奴にばれたら面倒やしなー・・。個室あんねんけどそっちでえぇ?」

「個室なんてあるんですか?」リヒテンシュタインが尋ねる。

「彫刻科は他の科に比べて定員が少ないんや、せやからちょっと余裕あんねんやろ。スペース的に」

「そうなんですか」

 

本当は担当教師の許可が無いと個室は使えないという事はリヒテンシュタインには秘密にしておいた。

 

個室のドアを開くと軽く石粉が舞った。

そこは二年の最後にアントーニョが使ったままの状態だった。石粉を吸い込み小さく咳き込む。

「んじゃ。やってみる?」

 

 

 

 

 

「コーヒーは地獄のように黒く、死のように濃く、恋のように甘くなければいけない。」

「・・・・誰の言葉すか?」

突然向かい側に座るサディクが戯曲じみた事を言い出すので若干引き気味で問う。

「トルコの諺だ」

「・・・はぁ・・。」

入学当初からなのだがサディクはたまに突拍子もない事を言い出す習性がある。

こういう場合はむやみに聞き入ったり深く解いたりせず聞き流すのが最善だとこの二年間で学んできた。

 

 

「・・・春だなぁ・・」

若干にやけているのが不気味、というより気持ち悪かった。

「そーですね」

「・・春だよなぁ・・・・」

「そーっすね」

「春かぁ・・・」

「はい」

  

 

 

同じ会話の堂々巡り。

コーヒーはすっかり冷たくなっていた。

 

 

あとがきといえば聞こえが良いような気がする反省文

こんな感じです。

大して発展するわけでもない小規模なお話です。

メインキャラ出したらあとは楽しくやってこうと思います。私が←

 

余談ですが私はコーヒー派ですがもっぱらインスタントです。ヒモジイw

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第一話「特別奨励賞、桜坂にて。」

何かが軋む音がした。

 

いつもの事だ。

木造2階、風呂なし、トイレ共同。昭和後期建てられすっかり時代の波に乗り遅れた廃墟同然のこのアパートが軋まない方が逆に恐ろしい。

何故この青年がこんなアパートに住むかというとこのアパートを出てすぐの坂を2分程登った所に彼の通う大学があるからだ。

 

午前8時を少し回った頃。遮光性の低いカーテンから差し込む朝の日差しに目を刺され起床する。これがこの青年アントーニョ・ヘルナンデス・カリエドの日常だ。

数分後、ケータイのアラームが狭い室内にバイブ音と共に反響する。

こんな生活を繰り返して3年目にもなると、体に自然と時間感覚が刻み込まれるのかもしれない。

 

無造作に撥ねた茶髪の髪を軽くかき上げ朝食の準備に取り掛かる。

朝食といってもトーストと軽くハムエッグを作るだけである。

それからインスタントのコーヒーを2つのマグカップに適量いれ、残りのひとつのカップには紅茶のティーバックを入れる。

お湯を沸かす間に東側の壁を3回程叩く。

ドンドンという鈍い音が鳴るのと同時に隣の部屋から気怠そうな呻き声がする。

「・・・るせぇな・・・起きてっからそんなに叩くなよ・・」

声の主、アーサー・カークランドはアントーニョの隣に住む住人である。当然アーサーも同じ大学に通っている。2人は物心がついたころからの幼馴染であり3年前の春地元を離れ名の知れた有名芸術大学に共に進学した。

 

「もうすぐ朝メシできるさかい、ギルちゃん呼んできてやー」

アーサーのクレームをもろともせずアントーニョは2階に住む別の青年の名を出す。

「んーー・・」

聞いているのかいないのか全く活力を感じない返事をアーサーは返す。

なんだかんだでアーサーは仕事をしっかりこなすので心配する必要はない。

 

ちょうどヤカンの湯が沸点に達したであろう頃。部屋のドアがギィ・・っと年季の入った音を立て2人の青年が室内へ入ってくる。

 

1人は先程の声の主、アーサー。もう一人の銀髪の青年はギルベルト・バイルシュミット。2人共細身で整った顔立ちをしているのだが何を隠そう目つきが最悪である。

その他人の精神を心臓と共にえぐるような鋭すぎる眼力は子供は愚か、教師までもを恐怖の淵に立たせる。・・・というのは言い過ぎだが、中学、高校と目つき悪さの事で色々と言われていたのはアントーニョの記憶に鮮明に残っていた。

しかし、昔っからこんな目で見られていると自然と感覚も麻痺してくるのか否かアントーニョは余り人の目つきというものを特に気にした事が無かった。

 

こんがりとしたトーストに音を立てかぶりつく。

これが午前8時20分頃、いつもの光景だ。

 

去年までは不便ながらも圧倒的な大学への近さもあり全6部屋あるアパートの部屋はすべて学生によって埋められていた。しかし今年、大学院生も含め卒業生3人がこのアパートを出て行った為このアパートに住む住人はこの3人だけである。

 

食事全般をアントーニョが行い、洗濯掃除等をアーサーが、そしてギルベルトは・・・その他雑用をこなす。

これがこのアパートに入居したころからの家事の割り振りである。アーサーは食事担当をしたかったらしいがアントーニョが全力で阻止した。アントーニョ曰く、アーサーはコンロを使わせただけで核並みの破壊兵器を量産するそうだ。

 

雑談を交えながらいつもと同じように朝食を終える。

アーサーとギルベルトは各自割り振られた家事を始める。アントーニョはこの日は珍しくテレビ欄以外の新聞記事を眺めていた。記事といっても政治や事件の記事ではなくローカルニュース。しかも文化系の記事だ。

「この前のコンクール、結果でたんやなー」

何食わぬ声色でアントーニョが呟く。呟く、というよりは誰かに返答を求めるような声の大きさだ。

「あーアーサーが出展した奴だろ、たしか油彩のなんか」

ギルベルトが食器を洗いながら会話を続ける。

突然洗濯機が呻き声を上げる。いや、それは洗濯機からではなくアーサーの落胆した声だった。

「あー、ダメだったん?コンクール」

アーサーのプライドの高さが筋金入りという事は百も承知なアントーニョは、アーサーのプライドを極力傷つけないよう気をつけつつ尋ねる。

「2番だった」

アーサーが洗濯機の上に頭を突っ伏しながら今にも消え入りそうな声で呟く。

「2番って悪いのか?」

一般人丸出しなギルベルトが尋ねる、一応彼も芸大生だ。

「悪い訳ないやん、何千とある絵ん中で2番目やで?2番ってあれやろ?特別奨励賞」

アントーニョがフォローする、というより純粋に尊敬の意を込めているようにも聞こえる。

「2番なんて獲った事ねぇんだよ。1番しか獲っちゃ駄目なんだよ、くっそ・・・」

ギルベルトが地球外生命体を眺めるような目でアーサーを見つめる。

「なにこの子・・・・気持ち悪い。」

そして切実すぎる感想をためらうことなく述べる。勿論これは常人が思う至って普通な感想だがアーサーにとっては明日人類が滅亡する事と相応な、いや、それ以上の異常事態だった。

アーサーは文字通り10年に1人の逸材と散々もてはやされこの19年と数か月を過ごしてきた。

両親共々芸術家でありその血を引き継いでいる、というのもあるが幼いころから散々芸術に関する知識を叩き込まれたアーサーは今まで出品したコンクールを総ナメにしていた。

そして親の七光りという言葉を過剰に嫌うアーサー自身も遺伝分以上の努力をしてきたつもりだった。

「上手かったんだ。俺より」

突然アーサーが自分自身に言い聞かせるように呟く。

「え?見たのか?その絵」

「おう」

ギルベルトの質問にアーサーは当然のように答える。

「お前らが春休み中、春だの花見だの騒いでる間に見てきてやったんだよ」

アーサーが自ら負けを認めた事に驚いたアントーニョだったが相変わらずの上から目線の物の言いように少し安心した。

 

洗濯機の上に相変わらず突っ伏したままのアーサーにぐちゃぐちゃに丸められた新聞が投げつけられる。勿論記事は先程のコンクールのそれだった。

 「お前が落ち込むとかキモい!いや、大変気持ちが悪いです!!」

「何故敬語・・・」

アントーニョからすれば全力の励ましの言葉らしいが一見言葉の暴力にしか聞こえない。

アントーニョの性格を熟知しているアーサーにとってそれを理解することは容易いことだった。そしてアーサーは洗濯機の上で微笑する。勿論アントーニョに見られないよう注意して。

 

それから暫く朝のニュース番組を3人で眺めていた。今の世論はどうだの、動物園にパンダの赤ちゃんが生まれただの、正直どうでも良かったが特にすることもないので3人は地デジチューナーの付いた小さなブラウン管を眺めていた。

 

時間が来るとアントーニョの部屋を出て3人は大学へと向かう。

今日の山羊座の運勢は最悪だとギルベルトが嘆きながら大学近くの坂の下に到着する。すると数十メートル先から二人の男女がこちらへと向かってくる。

「来たぞ」

と、ギルベルト。

「あんの髭野郎・・・あんだけベルにちょっかい出すなって言ったのに・・」

と、アーサーはただでさえ悪い目つきを最上級にまで悪くし、おまけに舌打ちをする。

 そんなアーサーの態度をもろともせずアントーニョはこちらに向かってくる2人に笑顔で手を振る。

「ベルーーーーーーーっフラーーーーン!おはようさーん」

2人はここから少し距離のあるアパートに住む大学生である。

同じアパートといってもここ数年に建てられた鉄筋のアパートでアントーニョたちのアパートとは比べ物にならない位の立派さと家賃の高さを誇っていた。

 

 ベル、ことベルギーはアントーニョとアーサーの幼馴染であり1つ下の学年で去年の春に同じ芸術大学に入学した。もう1人の髭を青年、髭野郎ことフランシス・ボヌフォワは今年3年になるアントーニョ達の同級生だ。

ベルギーが大きく手で弧を描きながら声を張り上げる。

「トーニョ、アーサーおはようさーん後・・・ギルちゃん先輩も!!」

 

旋律。

 

明らかにギルベルトの顔が歪む。心なしか額に脂汗をかいているようにも見えた。

「あーーーー、えーとベルギーさん。え、今まで俺の事『ギルベルト先輩』って呼んでくださってましたよね?え?何故『ギルちゃん先輩』に?」

 不慣れでおぼつかない敬語でギルベルトはベルギーに問いかける。

「せやかてギルちゃん先輩、今年からうちと同じ学年やんかぁ」

そう、下級生のベルギーと学年が同じになるということは2つの過程が想定される。ひとつはベルギーが飛び級。もう1つはギルベルトが留年。この場合は勿論後者である。

 

 そう、ギルベルトは晴れて『空間演出デザイン学科2年生』の2年生となったのだ。

「まぁ、大学って8年までは条例で許されてるらしいよ」

フランシスがフォローになっていないフォローをする。

「・・・因みに、8年生で留年してしまったら・・?」

ギルベルトが特徴的な赤眼を若干潤ませながら尋ねる。

「そりゃ、除籍やろなぁ」

アントーニョが他人事丸出しの悪魔的な笑顔で言う。

 ギルベルトの絶望に満ちた悲鳴が満開の桜坂に響き渡る。電線の雀が数羽飛んだ。

 

 

年甲斐もなく顔面崩壊状態で泣きわめくギルベルトを軽く慰め各自授業に向かう。

ベルギーとギルベルトはデザイン科、フランシスは建築科だ。

「俺まだ授業まで時間あんねんけどアーサーは?」

アントーニョは彫刻科。アーサーは勿論絵画科である。

「あぁ、俺もまだーーー・・・」

アーサーが返事をし終える前に聴きなれない洋楽の電子音が流れる。アーサーの携帯だ。中2の頃からか、アーサーは洋楽を聴きだすようになった。当時はこれが噂の厨2病という奴だろうかと思っていたのだが、今でも邦楽より好んで聴いているところ、着メロにまでするところからすると厨2病の一時的なものではなく純粋に好きなんだろう。

そんな他愛も無い事に思いを巡らせているとアーサーがその四角い精密機械の塊に向かってやたらと高揚した声を出す。

「はい!・・今からですか!?大丈夫です!はい、じゃ、すぐ行きます!!」

アーサーが珍しく敬語を使う。アーサーは携帯等の番号を余り他人に教えない主義だ。そんなガードの高いアーサーから彼の携帯番号、及び心の許しを得た唯一の教師、サディク・アドナンが今の電話相手だと想定するのは容易い事だった。

「なんやって?サディクのおっちゃん?」

「会えるって・・・・!!!!」

アーサーついさっきまで死んだ魚のような目をしていた人間と同一人物とは思えない表情をしていた。恐らく辞書で『水を得た魚』と調べたら『今のアーサー』と出てくるだろう。

「んで・・?会えるって誰に?」

速足で歩くアーサーにおいて行かれないように必死で足を前に進め、アントーニョは尋ねる。アーサーの歩幅は広い。昔からずっと。不意に、『いつも置いてかれるな』という想いが脳裏を霞める。

「1位・・・。大賞だった奴。今先生の所いるって・・!」

この大学内にアーサー以上の才能の持ち主がいる。ということに驚いたのは勿論だが、それ以前にアーサーが1度でも自分を負かせた人物に会いたがっているという事に驚いた。プライドが人一倍高いアーサーは1度、いや2度位その相手を己の手で負かせてから、我が物顔で会いに行くであろうタチの悪い人間だと思っていた。

アーサーの背中に向かって両手を合わせ心の中でアントーニョは謝罪する。

『すまんアーサー。お前にも赤い血は流れとるんやな』

 

暫く歩き続け、若干暗い廊下を抜け目的地に到着する。

 

アーサーはノックも無しでサディクの研究室のドアを容赦なく開く。現代的で何の変哲もないドアの向こうに新たな世界が開ける。

 

 

何かが軋む音がした。

 

 

 

あとがきという名の反省文。

お初にお目に掛かります。もしくはお久しぶりです。あ、いや。お久し振りという程ではないですね。休んだつもりないですし←

 

えー今回は、以前うごの方で投下した予告PVの本編になります。ぶっちゃけあのPV予告らしい予告になってなくて申し訳ないです。詐欺ですねすみません。で、まぁこれからも地道に更新していこうと思いますので宜しくお願いします。

 

あと、ブログ名の「発展途上。」というのは仮です。

タイトルはそのうち付けます。 

 

一応学科や文中で出てきた「8年で除籍☆」みたいなのは一応調べているのですが間違いがありましたらご報告ください。あと助詞とか、キャラ名とか国名表記になってっけど人名あるよ!みたいなのとか特に←

あ、あと文中に出てきた桜坂は東京都大田区にある某男性シンガーによって一躍有名になったあの桜坂とは一切関係ございません。

 

管理人が初めて試みる小説ですので色々至らない点もあると思いますが優しく見守ってやってください。

 

 

attenntion

 

当サイトはaphの二次創作小説サイトです。

 

二次創作の苦手な方は閲覧をお控えください。

 

・NLです

・エロ、グロ、腐表現はございません。

・原作ではありえない友好関係が築かれまくっています。原作のイメージを壊したくない方、ご注意ください。

・基本人名表記ですが、人名の公表のされていないキャラクターは国名表記とさせて頂きます。実に紛らわしいです。恐れ入ります、すみません。

・この小説に登場する人物、団体、施設、地名等はすべてフィクションです。現実世界とは何の関係もございません。 

 

以上の事を踏まえオールおkな方のみ閲覧ください。

又、管理人は落書き系作者でございます、故に小説を書くのは初の試みです。色々と至らない点も多々有るとございますが不備がございましても優しく目をつぶって頂けると幸いです。