発展途上。

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第三話「眠り猫」

「うぉぉ・・・・。めっちゃうまいなぁ・・」

 

唖然とした表情でひたすら石を掘り進める少女の手元をアントーニョは見つめていた。

「・・・んで、コレ。何なん?」

ティッシュ箱より一回り大きいか位の石像は鰓の多い魚のようだった。

「ユーステノプテロンです」

どこかで聞いたような名前だった。何処で聞いたかは思い出せない。

暫く黙っているとリヒテンシュタインの口元が動き出した。

「古代世のデボン紀に生息していた総鰭類の一つです。魚類の中ではシーラカンスと同じく最も両性類に近い魚なんだそうです。中学校の時習いませんでしたか?」

情報が多すぎて瞬時に理解することが出来なかったが暫く記憶の隅を探っていると、あのとても愛らしいとは言えない目つきの悪い魚がアントーニョの脳裏に蘇ってきた。

 

「あぁ・・・あいつか」

中2の時あたりだろうか、放課後図書室にアーサーとベルギーとの3人でテスト勉強に励んでいた記憶が残っていた。

正直テスト勉強をした記憶は殆どなく「ザビエルの顎の髭が逆さから見るとペンギンにしか見えない」といった学生にあるまじき発言を連発していた記憶ばかりが鮮明に残っているもので、思わず焦燥の感に駆られる。

 

「んじゃ、俺は始祖鳥でも作ったろかな」

 

こうして何故か黙々と石に古代生物を掘り続ける時間が淡々と流れていった。

 

時折、石粉が舞う狭い室内の粛然たる空間はアントーニョにとってお世辞にも居心地が良いとは言えなかった。しかし原因となるものの実体は掴めない。

「先輩は何で彫刻科に入ったんですか?」

不意打ちだった。

今日は天気が良いですね。まるでそんな会話をするように問いかけて来るものだったので思わず、そうですね。と答えてしまいそうになる。

「何で・・・・っていうと?」

お互いによく似た翠眼を合わせることなく自身の彫刻ばかりを見つめ会話は続いていった。

「いえ、特に理由はないんですけど、彫刻ってあまり身近に感じないので・・何で入ろうと思ったのかな・・って」

理由としては皮相なものだったが石を掘る手を止めアントーニョは口を開いた。

 

「まぁ、逃げたんやろなぁ」

その答えはどこか対岸の火事のような素っ気ないものだった。

「・・先輩が、ですか?・・何から?」

此処でようやくリヒテンシュタインが手を止めアントーニョを見つめる。

暫く沈黙が続き突然アントーニョが途中まで掘りかけた彫刻に思い切り息を吹きかける。当たり一面に石粉が舞った。

「この話やめっ!お終い!俺はええからリヒちゃんの事教えてや!どこに住んどるん?何人家族?ペットは?血液型は?星座は?」

 

石粉が地面にすべて落ちる頃にはアントーニョの表情は先程の顔から一変し、飄々とした笑顔に戻っていた。

 

話を、逸らしたかったのだろうか。

 

何か自分が触れてはいけないものに触れてしまったような気がしてリヒテンシュタインは後ろめたい気持ちになる。

それを悟られるのは更に申し訳ない気がして隠すように笑顔で対応した。

「大学から少し離れたマンションに兄と二人で住んでます」

 「へぇお兄ちゃんおるんやー、てか二人だけなん?父ちゃんとか母ちゃんは?」

再びアントーニョは石造に視線を落とす。止まっていた時間が再び動きだした。

「私、大学に通う前まで住んでた所すごく田舎で・・。それで元から上京していた兄の所で一緒に住むようにしたんです。」

「へーそうなん」

自然な会話にアントーニョの肩の荷が下りる。

「此処は少し怖いですね。人は多いですし、物価は高いです。」

「そのうち慣れると思うで?住めば都って言うし。そいや、田舎ってどんなとこやったん?」

「田舎。ですか」

リヒテンシュタインは小さな手を顎に添え暫く考え込む。

「そうですね。良い所でしたよ。ブランコは大きいですし、ヤギのユキちゃんはいい子ですし、なにより足の不自由だった友人がたった時には・・・」

「こ・・・心置きなくハイジやなぁ・・・」

ボケのつもりなのかはたまた天然なのか否か、某アルプスの少女を連想させるかのような暮らしぶりに我知らずアントーニョの笑みが零れる。

「はぃ?」

どうやら後述のようだ。

石粉で濁っていた視界は気が付いたころには晴れていて、自然と咽込む事も無くなっていた。

暫く雑談を交わしていると時計の文字盤の針が重なっていることに気が付く。

「絵画科の、授業は・・」

然程時間の経過は感じられなかったが、己の体内時計よりもあの文字盤の方が今は頼りになるような気がした。

確かサディク曰く、十一時過ぎには授業が始まるそうだ。勿論、絵画科の。

「あ、すみません。長居してしまって・・すぐ授業、行きます」

 ふとリヒテンシュタインの顔を覗くと先程と比べて少しばかり心残りのありそうな表情を浮かべていた。

一瞬自分との別れが惜しいのだろうか、という自己陶酔的な考えに浸るが絵画科のアーサーの事を思い出し同時に自分の不体裁な考えを恥じる。

「アーサー、あんなんやけど悪い奴とちゃうねん」

アントーニョはアーサーを立てる事で先程の醜態を挽回しようと試みる。しかし、自分への嫌悪感は増すばかりだった。

 

何故ここまで考える必要があるのかは分からなかった。ただ、このリヒテンシュタインという少女に嫌悪感を抱かれる。という事が全世界からの拒絶と同等のように感じられた。

「アーサーな、本人は隠しとるけどすっごいすっっごい努力しとんねん。せやから。ただ、悔しかっただけ、やと、おも、う」

言葉は断続的だったが本心だった。

なんとなく、ただ、ただ、なんとなくこの少女にアーサーの事を悪く思ってほしく無かった。

 

 

「今日は、有難う御座いました。」

相変わらずの恭しい態度だったが答えは得られなかった。

まるで何処かの面接でも受けるかの如くアントーニョに向かって一礼しドアへと向かう、そこでもう一度会釈を交わし静かにリヒテンシュタインは退室した。

 

幽暗な室内に微かに残った春の香りを感じ、少女の作った小さな造りかけの石像を見つめる。

「なにしとんのやろ、俺」

石像に顔を近づけ息を吹きかける。再び室内に石粉が舞った。

 

 

 

 

絵画科の授業方針は至って真面目で、彫刻科とは実に対照的だった。

規則的に配置された机は一定の焦点、つまりは絵画科の教師、サディク・アドナンに集中していた。今年度初の授業ということもあり、軽く挨拶を済まし今後の授業方針について説明をする。

先程の不相応過ぎるスタバの店員のような印象を全く感じさせない 

 サディクの泰然自若たる態度にリヒテンシュタインは思わず吃驚する。

「ということでィ、一年生は基本的デッサンから有機的モチーフの課題を通してーーー・・・・」

ただ、方言が隠しきれていない所が先程のサディクと変わらない気がして心なしか微笑ましかった。

 

絵画科は一番需要がある筈の科だというのに教師の数が極めて少ない。その為、年度初の授業は全学年同時にサディクが説明を行うのが絵画科の暗黙の了解となっていた。

しかし、流石にこの広目な教室であっても絵画科の全学年生徒を押し込むのは物理的に不可能な訳で、午前と午後、二度に分けてこの講義は行われる事になっていた。それでも四学年別々に行うより遥かに短時間で済む為教師たちはこの方法を重宝していた。

単なる教師不足に過ぎないのだが、彼ら曰く新入生たちにも今後の進路を考えるきっかけを作る為だの、上学年の活動を前もって知っておく為だの、諸所理由はあるようだ。

まぁ、結局は面倒だからだ。完璧な利己主義、エゴイズムである。

 

そんなエゴの産物が今のリヒテンシュタインを窮地に追いやっていた。

リヒテンシュタインの右斜め前にはぼさついた金髪。

アーサーだ。

 

新入生のリヒテンシュタインには全学年同時に講義を受けるという発想は微塵も無かった為、初めは自分が教室を間違っているのかと思った程だ。しかし、周りの雰囲気を伺ってみるとどうやら全学年が集まっていると理解できた。

当然状況を把握し終わったといっても所詮は後の祭り。席を移動する余地もなく現在に至る。恐らくアーサーは自分の存在を気づいていない。これが唯一の救いであろう。授業が終わり次第急いで教室を出ればバレずに帰れるかもしれない。

講義などそっちのけで今後の計画を必死に練る。

 

メモを取る振りをして脱出計画の計画をメモ帳にまとめる。完璧だ。

そう思ったのもつかの間、不意にシャーペンの芯が折損。

 

机上を力無く転がるその芯を見つめ、冷静になって考えてみる。

アーサーに今此処にいるのが分かった所でどうにか成るものなのだろうか。自分が絵画科である事は当然アーサーだって知っているだろうし、この講義の常連であるアーサーは全学年、つまりは一年生の自分がいる事も当然承知の上だろう。

 

そうだ、何も憂虞する必要はない。

 

リヒテンシュタインは落ち着きを取り戻し、視線をサディクに向ける。

しかし、前方に視線をやるとやはりあのぼさついた金髪があるわけで。

猫背に右腕で頬杖、講義を真面目に聞く気は微塵も無いらしい。時折頭が縦に揺れる。どうやら睡眠中のようだ。

 

暫くその公然たる眠り様を観察する。

頭の重みに耐えきれなくなったか、バランスを崩した支柱、及び右腕が倒壊する。

派手に音を立てて長机に頭から突っ込んだ。周囲の生徒何人かがアーサーの方向を向いたが当の本人は目を覚まさない。流石に眠り姫でも今の衝撃なら起きるのではないのか、とリヒテンシュタインは思ったがどうやらアーサーは眠り姫以上の呪いをかけられたのかもしれない。

 

小さく丸まって眠るその後ろ姿は眠り姫、というより東照宮の眠り猫のようだった。

その眠り姿からは先程の殺気丸出しなアーサーとはまるで別人のように思えた。

左手にシャーペンを握り、脱出計画の書かれたメモの下部にペンを走らせる。黒鉛が白い紙の上に面前の『眠り猫』を描き出す。

 

 

 

 

 

 

~あとがき~

すみません・・・

5000字くらい書いてたのですが重すぎてだいぶ書くの億劫になったので削って公開にしたので中途半端な感じになってしまいました・・・・・

ほんと申し訳ないです・・・

 

春休み中にもう一話くらいアップできたらなぁと思っています!気長にゆるゆるとお待ちください。