発展途上。

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第一話「特別奨励賞、桜坂にて。」

何かが軋む音がした。

 

いつもの事だ。

木造2階、風呂なし、トイレ共同。昭和後期建てられすっかり時代の波に乗り遅れた廃墟同然のこのアパートが軋まない方が逆に恐ろしい。

何故この青年がこんなアパートに住むかというとこのアパートを出てすぐの坂を2分程登った所に彼の通う大学があるからだ。

 

午前8時を少し回った頃。遮光性の低いカーテンから差し込む朝の日差しに目を刺され起床する。これがこの青年アントーニョ・ヘルナンデス・カリエドの日常だ。

数分後、ケータイのアラームが狭い室内にバイブ音と共に反響する。

こんな生活を繰り返して3年目にもなると、体に自然と時間感覚が刻み込まれるのかもしれない。

 

無造作に撥ねた茶髪の髪を軽くかき上げ朝食の準備に取り掛かる。

朝食といってもトーストと軽くハムエッグを作るだけである。

それからインスタントのコーヒーを2つのマグカップに適量いれ、残りのひとつのカップには紅茶のティーバックを入れる。

お湯を沸かす間に東側の壁を3回程叩く。

ドンドンという鈍い音が鳴るのと同時に隣の部屋から気怠そうな呻き声がする。

「・・・るせぇな・・・起きてっからそんなに叩くなよ・・」

声の主、アーサー・カークランドはアントーニョの隣に住む住人である。当然アーサーも同じ大学に通っている。2人は物心がついたころからの幼馴染であり3年前の春地元を離れ名の知れた有名芸術大学に共に進学した。

 

「もうすぐ朝メシできるさかい、ギルちゃん呼んできてやー」

アーサーのクレームをもろともせずアントーニョは2階に住む別の青年の名を出す。

「んーー・・」

聞いているのかいないのか全く活力を感じない返事をアーサーは返す。

なんだかんだでアーサーは仕事をしっかりこなすので心配する必要はない。

 

ちょうどヤカンの湯が沸点に達したであろう頃。部屋のドアがギィ・・っと年季の入った音を立て2人の青年が室内へ入ってくる。

 

1人は先程の声の主、アーサー。もう一人の銀髪の青年はギルベルト・バイルシュミット。2人共細身で整った顔立ちをしているのだが何を隠そう目つきが最悪である。

その他人の精神を心臓と共にえぐるような鋭すぎる眼力は子供は愚か、教師までもを恐怖の淵に立たせる。・・・というのは言い過ぎだが、中学、高校と目つき悪さの事で色々と言われていたのはアントーニョの記憶に鮮明に残っていた。

しかし、昔っからこんな目で見られていると自然と感覚も麻痺してくるのか否かアントーニョは余り人の目つきというものを特に気にした事が無かった。

 

こんがりとしたトーストに音を立てかぶりつく。

これが午前8時20分頃、いつもの光景だ。

 

去年までは不便ながらも圧倒的な大学への近さもあり全6部屋あるアパートの部屋はすべて学生によって埋められていた。しかし今年、大学院生も含め卒業生3人がこのアパートを出て行った為このアパートに住む住人はこの3人だけである。

 

食事全般をアントーニョが行い、洗濯掃除等をアーサーが、そしてギルベルトは・・・その他雑用をこなす。

これがこのアパートに入居したころからの家事の割り振りである。アーサーは食事担当をしたかったらしいがアントーニョが全力で阻止した。アントーニョ曰く、アーサーはコンロを使わせただけで核並みの破壊兵器を量産するそうだ。

 

雑談を交えながらいつもと同じように朝食を終える。

アーサーとギルベルトは各自割り振られた家事を始める。アントーニョはこの日は珍しくテレビ欄以外の新聞記事を眺めていた。記事といっても政治や事件の記事ではなくローカルニュース。しかも文化系の記事だ。

「この前のコンクール、結果でたんやなー」

何食わぬ声色でアントーニョが呟く。呟く、というよりは誰かに返答を求めるような声の大きさだ。

「あーアーサーが出展した奴だろ、たしか油彩のなんか」

ギルベルトが食器を洗いながら会話を続ける。

突然洗濯機が呻き声を上げる。いや、それは洗濯機からではなくアーサーの落胆した声だった。

「あー、ダメだったん?コンクール」

アーサーのプライドの高さが筋金入りという事は百も承知なアントーニョは、アーサーのプライドを極力傷つけないよう気をつけつつ尋ねる。

「2番だった」

アーサーが洗濯機の上に頭を突っ伏しながら今にも消え入りそうな声で呟く。

「2番って悪いのか?」

一般人丸出しなギルベルトが尋ねる、一応彼も芸大生だ。

「悪い訳ないやん、何千とある絵ん中で2番目やで?2番ってあれやろ?特別奨励賞」

アントーニョがフォローする、というより純粋に尊敬の意を込めているようにも聞こえる。

「2番なんて獲った事ねぇんだよ。1番しか獲っちゃ駄目なんだよ、くっそ・・・」

ギルベルトが地球外生命体を眺めるような目でアーサーを見つめる。

「なにこの子・・・・気持ち悪い。」

そして切実すぎる感想をためらうことなく述べる。勿論これは常人が思う至って普通な感想だがアーサーにとっては明日人類が滅亡する事と相応な、いや、それ以上の異常事態だった。

アーサーは文字通り10年に1人の逸材と散々もてはやされこの19年と数か月を過ごしてきた。

両親共々芸術家でありその血を引き継いでいる、というのもあるが幼いころから散々芸術に関する知識を叩き込まれたアーサーは今まで出品したコンクールを総ナメにしていた。

そして親の七光りという言葉を過剰に嫌うアーサー自身も遺伝分以上の努力をしてきたつもりだった。

「上手かったんだ。俺より」

突然アーサーが自分自身に言い聞かせるように呟く。

「え?見たのか?その絵」

「おう」

ギルベルトの質問にアーサーは当然のように答える。

「お前らが春休み中、春だの花見だの騒いでる間に見てきてやったんだよ」

アーサーが自ら負けを認めた事に驚いたアントーニョだったが相変わらずの上から目線の物の言いように少し安心した。

 

洗濯機の上に相変わらず突っ伏したままのアーサーにぐちゃぐちゃに丸められた新聞が投げつけられる。勿論記事は先程のコンクールのそれだった。

 「お前が落ち込むとかキモい!いや、大変気持ちが悪いです!!」

「何故敬語・・・」

アントーニョからすれば全力の励ましの言葉らしいが一見言葉の暴力にしか聞こえない。

アントーニョの性格を熟知しているアーサーにとってそれを理解することは容易いことだった。そしてアーサーは洗濯機の上で微笑する。勿論アントーニョに見られないよう注意して。

 

それから暫く朝のニュース番組を3人で眺めていた。今の世論はどうだの、動物園にパンダの赤ちゃんが生まれただの、正直どうでも良かったが特にすることもないので3人は地デジチューナーの付いた小さなブラウン管を眺めていた。

 

時間が来るとアントーニョの部屋を出て3人は大学へと向かう。

今日の山羊座の運勢は最悪だとギルベルトが嘆きながら大学近くの坂の下に到着する。すると数十メートル先から二人の男女がこちらへと向かってくる。

「来たぞ」

と、ギルベルト。

「あんの髭野郎・・・あんだけベルにちょっかい出すなって言ったのに・・」

と、アーサーはただでさえ悪い目つきを最上級にまで悪くし、おまけに舌打ちをする。

 そんなアーサーの態度をもろともせずアントーニョはこちらに向かってくる2人に笑顔で手を振る。

「ベルーーーーーーーっフラーーーーン!おはようさーん」

2人はここから少し距離のあるアパートに住む大学生である。

同じアパートといってもここ数年に建てられた鉄筋のアパートでアントーニョたちのアパートとは比べ物にならない位の立派さと家賃の高さを誇っていた。

 

 ベル、ことベルギーはアントーニョとアーサーの幼馴染であり1つ下の学年で去年の春に同じ芸術大学に入学した。もう1人の髭を青年、髭野郎ことフランシス・ボヌフォワは今年3年になるアントーニョ達の同級生だ。

ベルギーが大きく手で弧を描きながら声を張り上げる。

「トーニョ、アーサーおはようさーん後・・・ギルちゃん先輩も!!」

 

旋律。

 

明らかにギルベルトの顔が歪む。心なしか額に脂汗をかいているようにも見えた。

「あーーーー、えーとベルギーさん。え、今まで俺の事『ギルベルト先輩』って呼んでくださってましたよね?え?何故『ギルちゃん先輩』に?」

 不慣れでおぼつかない敬語でギルベルトはベルギーに問いかける。

「せやかてギルちゃん先輩、今年からうちと同じ学年やんかぁ」

そう、下級生のベルギーと学年が同じになるということは2つの過程が想定される。ひとつはベルギーが飛び級。もう1つはギルベルトが留年。この場合は勿論後者である。

 

 そう、ギルベルトは晴れて『空間演出デザイン学科2年生』の2年生となったのだ。

「まぁ、大学って8年までは条例で許されてるらしいよ」

フランシスがフォローになっていないフォローをする。

「・・・因みに、8年生で留年してしまったら・・?」

ギルベルトが特徴的な赤眼を若干潤ませながら尋ねる。

「そりゃ、除籍やろなぁ」

アントーニョが他人事丸出しの悪魔的な笑顔で言う。

 ギルベルトの絶望に満ちた悲鳴が満開の桜坂に響き渡る。電線の雀が数羽飛んだ。

 

 

年甲斐もなく顔面崩壊状態で泣きわめくギルベルトを軽く慰め各自授業に向かう。

ベルギーとギルベルトはデザイン科、フランシスは建築科だ。

「俺まだ授業まで時間あんねんけどアーサーは?」

アントーニョは彫刻科。アーサーは勿論絵画科である。

「あぁ、俺もまだーーー・・・」

アーサーが返事をし終える前に聴きなれない洋楽の電子音が流れる。アーサーの携帯だ。中2の頃からか、アーサーは洋楽を聴きだすようになった。当時はこれが噂の厨2病という奴だろうかと思っていたのだが、今でも邦楽より好んで聴いているところ、着メロにまでするところからすると厨2病の一時的なものではなく純粋に好きなんだろう。

そんな他愛も無い事に思いを巡らせているとアーサーがその四角い精密機械の塊に向かってやたらと高揚した声を出す。

「はい!・・今からですか!?大丈夫です!はい、じゃ、すぐ行きます!!」

アーサーが珍しく敬語を使う。アーサーは携帯等の番号を余り他人に教えない主義だ。そんなガードの高いアーサーから彼の携帯番号、及び心の許しを得た唯一の教師、サディク・アドナンが今の電話相手だと想定するのは容易い事だった。

「なんやって?サディクのおっちゃん?」

「会えるって・・・・!!!!」

アーサーついさっきまで死んだ魚のような目をしていた人間と同一人物とは思えない表情をしていた。恐らく辞書で『水を得た魚』と調べたら『今のアーサー』と出てくるだろう。

「んで・・?会えるって誰に?」

速足で歩くアーサーにおいて行かれないように必死で足を前に進め、アントーニョは尋ねる。アーサーの歩幅は広い。昔からずっと。不意に、『いつも置いてかれるな』という想いが脳裏を霞める。

「1位・・・。大賞だった奴。今先生の所いるって・・!」

この大学内にアーサー以上の才能の持ち主がいる。ということに驚いたのは勿論だが、それ以前にアーサーが1度でも自分を負かせた人物に会いたがっているという事に驚いた。プライドが人一倍高いアーサーは1度、いや2度位その相手を己の手で負かせてから、我が物顔で会いに行くであろうタチの悪い人間だと思っていた。

アーサーの背中に向かって両手を合わせ心の中でアントーニョは謝罪する。

『すまんアーサー。お前にも赤い血は流れとるんやな』

 

暫く歩き続け、若干暗い廊下を抜け目的地に到着する。

 

アーサーはノックも無しでサディクの研究室のドアを容赦なく開く。現代的で何の変哲もないドアの向こうに新たな世界が開ける。

 

 

何かが軋む音がした。

 

 

 

あとがきという名の反省文。

お初にお目に掛かります。もしくはお久しぶりです。あ、いや。お久し振りという程ではないですね。休んだつもりないですし←

 

えー今回は、以前うごの方で投下した予告PVの本編になります。ぶっちゃけあのPV予告らしい予告になってなくて申し訳ないです。詐欺ですねすみません。で、まぁこれからも地道に更新していこうと思いますので宜しくお願いします。

 

あと、ブログ名の「発展途上。」というのは仮です。

タイトルはそのうち付けます。 

 

一応学科や文中で出てきた「8年で除籍☆」みたいなのは一応調べているのですが間違いがありましたらご報告ください。あと助詞とか、キャラ名とか国名表記になってっけど人名あるよ!みたいなのとか特に←

あ、あと文中に出てきた桜坂は東京都大田区にある某男性シンガーによって一躍有名になったあの桜坂とは一切関係ございません。

 

管理人が初めて試みる小説ですので色々至らない点もあると思いますが優しく見守ってやってください。